2017年11月28日

お別れに寄せて。

祖父が亡くなった事を、正直に言えば未だ実感として感じること出来ずにいます。

 祖父は、父親が不在だった僕にとって、祖父であり、父であり、大人の、あらゆる父性の象徴のようにあり続けてくれました。
父が一緒にいないという事で、僕が寂しさや欠落感を感じる事なく育ったのは、そっと静かに、しかし確固たるものとして優しさというものを、祖父が教えてくれたからに他なりません。

ビールを飲んでいる時、
テレビで相撲を見ている時、
こたつで猫を抱いている時、
トラックに乗せてくれた時、

そして僕が東京へ行く朝、
手を振りながら見送ってくれた時、
いつでも思い出すのは、静かで穏やかな、あの笑顔です。

物静かな祖父でした。

だからこそ言葉より、態度がその哲学を雄弁に語るという事もまた教えてくれました。
人に優しくあるために自分を律するという事、それは厳しさを内に秘めた本当の意味での優しさである事を、
農作業を黙々と続けるその背中から、
夕暮れ、盆栽に水をやるその背中から、
そして病気のリハビリに向き合う祖父の背中から、何より僕はしっかりと学びました。

優しいおじいちゃんであり、威厳のある父でもあってくれた祖父。
そのしなやかな優しさと、厳しい温かさに包まれながら育つ事が出来たというのは、僕にとってどんなに幸せな事であったかわかりません。
今の自分を形作るあらゆる物事の中に、祖父のくれた想いがしっかりと息づいていてくれます。

ありがとうね、おじいちゃん。
大好きなビール飲んで、ゆっくり休んでね。
おじいちゃんの優しさに近づけるように、僕も頑張るね。

愛を込めて。

posted by ito_hiromitsu_dearfool at 11:51| Comment(0) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月31日

はつ恋(という寓話)

-うまくいく恋なんて恋じゃない-

これは”気絶するほど悩ましい”という曲の中の一節。
初恋ほど、その表現が実感出来る時間はないだろうと思う。
 僕は十歳で、今でもそうだけれども、今よりずっと何も考えてはいない子供だった。音楽とはまだ出会っていなかった。
僕が恋した彼女は同級生の中ではしっかり者で、大人びた笑顔(その時にしては、という事だ)が印象的な女の子だった。

 ひと言でも彼女と会話が出来れば、その日一日はずっと幸せだった。言葉を交わさない日は、失意の底に沈んだ。そんな日々は、苦しいけれども楽しい日々だった。
友達の誰にも恥ずかしくて言えなかった。彼女のなんでもない一言や行動に一喜一憂する、馬鹿正直で単純な僕だった。

僕の中で勝手にスタートしたゲームを、僕だけがプレイしていて、そのゲームはひどく難易度の高いものだった。
彼女と言葉を交わせればミッションはクリア。
彼女の笑顔を見られたのならボーナスポイント。
ストーリーがあるわけでも、その繰り返すミッションの先にエンディングがあるわけでもない。

それは単純なゲームで、だからこそのめり込んでゆく種類の情熱だった。


教訓その一
(単純なものほど熱中し、それは難しい)


 近所の同世代は女の子が多く、小さい頃から女の子とばかり遊んでいた僕だったから、異性と話すこと自体は別になんでもない事だった。だけれども彼女の前になると、まるで言葉も出てこない自分が滑稽だった。
恋とは自我との対面なのだ、などど今なら理解出来るかもしれないけれども、十歳の子供にはただただ不可解な事だった。

そして僕がとった作戦は、彼女の友達と仲良くなる事、だった。城を落とすには外堀から攻めるしかない、と無い知恵絞って考えた。女の子のグループに混じって下校したり(これは勇気がいる。男友達には冷やかされるし)、駄菓子屋でどーでもいい菓子を食いながら彼女たちの会話に耳を傾けていた。


教訓その二
(女の子はいつだって話を聞いて欲しいものだ、たぶん)


 で、その作戦で彼女に近付けたかというと、答えはノー。
彼女と仲良くなりたいのに、彼女の友達たちと仲良くなるばかりだった。いっこうにお城へは近付けなくて、外堀ばかりが突貫工事でどんどん埋まってゆくだけ。
本丸には近づけないジレンマを感じながら、僕は女友達たちの話をふんふん聞き続けた。


教訓その三
(計画というのは計画通りには進まない)


 彼女に近付きたくて、彼女に想いを届けたくて、そんな想いは留まる事を知らなかった。ただ自分の正直な気持ちを伝えたいというシンプルな欲望、その前にも後にも何もない無垢な衝動、それは今考えれば初恋に特有なものなのかもしれない。
それは身勝手で子供っぽいのだけれども、だからこそ今では考えられないような強さを持っていると思う。
そんな衝動はやがて抑えきれなくなり、それは内気な僕を突き動かした。
僕は彼女の家に電話をかけた。
「今から君の家へ行っていいかな。伝えたい事があるんだ」


教訓その四
(初期衝動はとても強くて、時に暴発する)


 二階の窓から顔を出した彼女、自転車にまたがったまま彼女の家の門の前にいる僕。季節はいったいいつだったろう?夕暮れで、
あたりには誰もいなかった。あるいは僕には彼女しか見えていなかったのかもしれない。

いつもと違う調子の僕に少し表情を硬くする彼女、それ以上に緊張と興奮とよくわからない何かでどうかなっている僕。

・・・そこで僕の記憶はフィルムが切れたように真っ暗になる。
ゲームオーバー。
不吉な音楽と共に、
”ぼうけんのしょがきえてしまいました”


僕は生まれて始めて女の子に告白した。
僕は生まれて始めて女の子にふられた。


これがきっと客観的事実。
そして、
いちばん肝心なことは、
いちばん大切な場面は、まるで記憶にない。


教訓その五
(人間は都合よく忘れる事が出来る)



 いろんな教訓を僕に教えてくれた初恋は、こうして終わった。
そうして始めての失恋の痛みに寄り添ってくれたのが、音楽との出会いだったのだけれども、それはまた別のおはなし。
posted by ito_hiromitsu_dearfool at 21:37| Comment(0) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月16日

誰が音楽をタダにした?

 誰が音楽をタダにした?巨大産業をぶっ潰した男たち
スティーヴン・ウィット著/関 美和 訳

音楽に興味がある人は、読んで損はない、すっごくためになるエンターテインメントです。

ノンフィクションだけれども、推理小説のように物語が紡がれてゆく文章は、次のページをめくるのが楽しくなる快感があります。

ソーシャル・ネットワークとダヴィンチ・コードとをミックスしたような、これは映画化したら盛り上がるんではなかろうかというお話です。すごいドライヴ感!

最先端テクノロジーとしてmp3という規格を作ったドイツ人科学者、
世界的ヒット曲を生み出し続けたエグゼクティブプロデューサー、
ネット上にファイルを違法アップロードするデジタルな海賊たち、
その3つの視点から、「音楽」を巡る様々な事件が起こってゆくドキュメンタリーです。

ファイル圧縮技術の進化、違法アップロードサイトの遍歴、そして音楽業界のビジネスモデルの変化、著作権と倫理、それらがスピード感ある物語(ノンフィクションだけど)で語られていきます。

久しぶりに一気に読んじゃう一冊でした。

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posted by ito_hiromitsu_dearfool at 20:01| Comment(0) | TrackBack(0) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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